2009年6月 5日

村上春樹『1Q84』読了(バレ無しだと思う)

読了しました。
ハードカバー2分冊にしては、サッと読めた印象。
Q数も大きいから、実際の分量はそんなに無いのかもしれませんが。

前作『アフターダーク』は、あまりにもダメだったと思います。
一度しか読んでいませんが、それは村上春樹が自分のフィールドで作品を描いていなかったからだと僕は思っています。
その点で、その前の『海辺のカフカ』は、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』に、というより“世界の終わり”に決着を付けようとしたものであり、そこに引きずられすぎていた印象もありました。



さて、今作『1Q84』。これはどこから見ても100%村上春樹です。
ようやく自分のフィールドで、新しいものを書いてくれた、という印象を受けました。
口の悪い経済学者が“カルト教団とセックスをSF風の軽妙文体で描いた”と評しましたが、“傑作ではない”という彼の意見に同意するものの、前述のように断じてしまうのは、読み方が浅すぎるか、感受性の違いだと思います。

僕は、基本的には形を変えた初恋、しかも純愛の物語だと受け止めました。
ただ、大人が純愛だ初恋だと言っても、それだけで済むわけではなく、巡り巡ってそこに戻る。一周して戻る。
人を愛するというシンプルでピュアな感情を獲得する(あるいは取り戻す)ために多くの犠牲を払い、そして失うものもある。
そういうことを、“SF的に”描いていると思いました。

まあ、相変わらず意味不明な概念が多々出てくるわけです。
空気さなぎだとか、レシヴァとパシヴァとか。
セックスの描写も、官能的・幻想的というよりは、薄ら寒さが勝ってしまう面もありました。
何より、60歳のジジィがこれを書いていると思うと、ちょっとなぁ……。
その意味では村上春樹の立っている地平は何も変わっていないんですが、もっと重厚で重層的なものを描けるはず、というのは期待しすぎでしょうか?
大江健三郎『宙返り』のような感じを求めてはいけないのかしら?

とはいえ、これを80年代的スピルバーグ映画にしてしまうと、一気に薄ら寒くなってしまうものを、読める作品としてしまうところに著者の力があると思います。

『ねじまき鳥』で一歩踏み出したのは確かで、そこからもう一歩踏み出すときに、『カフカ』『アフターダーク』は踏み外してしまっていて、
『1Q84』で方向性が定まったような気がします。

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