2013年5月19日

SOUND CITY - Real To Reel -

僕が見よう見まねで録音やミックスを始めたころには、もうPro Tools(=コンピューター)を使っていましたが、それ以前にはいわゆる宅録で、カセットMTRを使っていた時代もありました。しかし、全チャンネルにEQを通し、リバーブをかけ、といったことを学んだのは完全にPro Toolsです。

しかし、最近富みに疑問に思うのは、本当にそれは録音か?音楽か?ということです。自分のやっていることはコンピューターの操作であって、音楽を作っていると言えるのだろうか?と。やっぱりミキサーがあって、テープが回っているのが本筋なんじゃなかろうか?と。

そんな疑問を抱いていた矢先、一本の音楽ドキュメンタリー映画のDVDが発売となりました。『SOUND CITY - Real To Reel- 』。撮影をしたのは元ニルヴァーナのドラマーで、現在はフー・ファイターズのボーカル&ギターであるデイヴ・グロール。デイヴはニルヴァーナが『Nevermind』を録音したスタジオ、カリフォルニアのSOUND CITYが2011年に閉鎖されることを聞き、そこにあったNEVEの8028コンソールを購入します。それを期に、このSOUND CITYにかかわったミュージシャンおよびスタッフの証言を集めた映画の制作を始めるのです。

最初はデイヴが自身のスタジオ、room606で録音するシーンからスタート。モニターは日本には入ってきていないBarefootでした。

デイヴはSOUND CITYに初めて行ったときのことを回想します。スタジオに入った瞬間、その荒れ果てた様子に驚きを隠せなかったこと。しかし、壁にかかるプラチナ・ディスクは本物であったこと。

もともとこのスタジオはVOXの工場(!)で、その後あるジャズ・ミュージシャンが購入しスタジオ化したものの営業的には全く振るわず、トム・スキーターという投資家が「ビートルズみたいに一発当たったら大きいだろう」ということで、音楽好きなジョー・ゴットフリードとともに購入。バッキンガム・ニックスというインディー・アーティストのレコーディングなどをしていました。

英国NEVEに最新鋭の28chコンソールをオーダーするもスタジオの営業も振るわず、とにかく安いスタジオを探していたミック・フリートウッドは、訪れたSOUND CITYで偶然バッキンガム・ニックスを耳にします。ボブ・ウェルチ(g)の脱退に頭を悩ませていたミックは、このギタリスト、リンジー・バッキンガムを加入させることを思い至りますが、彼の返事は「恋人も一緒でなくては」。そうしてフリートウッド・マックにリンジーと、スティーヴィー・ニックスが加入。制作されたアルバム『Fleetwood Mac』(ファンタスティック・マック)は全米一位となり、スタジオも繁盛します。トム・ペティ&ハートブレイカーズやフィアー、バニー・マニロウ、ニール・ヤング……クライアントの名前を挙げればそれはもう、そうそうたるものです。

しかし80年代に入り、デジタル楽器が当たり前となり、老朽化したスタジオの経営は苦しく、完全に荒れ果ててしまいます。そこに目をつけたのがブッチ・ヴィグ。一日600ドルのスタジオを16日間抑え、メジャー契約したばかりのロック・トリオのレコーディングをここで行うことにしました。バンドの名前はそう、ニルヴァーナ。彼らの『Nevermind』がヒットしたことで、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、スリップノット、ナイン・インチ・ネイルズなどがこのスタジオのことを知り、また盛り返します。奇しくも、マネージャーのジョーは『Nevermind』が全米1位を獲得してから2週間で亡くなってしまいました。

しかし、21世紀に入り、みんながコンピューターを使い始め、スタジオは無用の長物扱いをされていくことになりました。ここでの再興は叶わず、スタジオ・クローズに当たってデイヴ・グロールが「オレの人生を変えたコンソールを引き取りたい」と自身のスタジオへ引き取ります。

普通ならこの話はこれでおしまいなのですが、デイヴは自身のスタジオで、フー・ファイターズのメンバーと共にこのコンソールにゆかりのあるミュージシャンとのセッション・アルバムを制作することに。スティーヴィー・ニックス、トレント・レズナー、ジム・ケルトナー('80年代のくだりにLinn Drumsがジムの音をサンプリングしたものだという一節がありました)、スリップノットのコリィ・テイラー、フィアーのリー・ヴィング、チープ・トリックのリック・ニールセンらが次々と登場。サウンド・プロデュースはブッチ・ヴィグです。そしてデイヴ・グロール、クリス・ノヴォゼリック(b, exニルヴァーナ)にポール・マッカートニー! もちろんテープ録音です。

というのがお話でした。

Pro Tools(という固有名詞よりもDAWソフトというかコンピューター)が悪者のように描かれてしまうのは、話の趣旨からして仕方ないのですが、僕は半分頷きつつ、半分はそうではないと思っています。事実映画の中でも「テープの生産が終わったし、時代の流れである」と言及されているし、デジタルの申し子であるトレント・レズナーの登場がその象徴とも言えます。ヘタレを直す機械として使うのは、ものすごくつまらないんですよね。

と同時に、デイヴ・グロールのようなミュージシャンが自分でスタジオを作ってしまったがために商用スタジオが廃れていったという自己矛盾もあると思います。しかし、彼のようなミュージシャンが音楽に没頭できる空間を求めるのは、自然の摂理のようなものです。

ドキュメント部を見て、確かにNEVEの音、箱の音というものを感じられました。NEVEのすごさは僕もよく知っているつもりですが、どんなEQ設定にしても破綻しづらいし、太いのに派手、そして混ざる。不思議です。ルパート・ニーヴ(NEVE創業エンジニア)も登場していますが、この8028はモジュールが多いそうで、確かにNEVEの卓にしては珍しくチャンネル・コンプが幾つか入っているようにも見えました。そしてルパート翁の話を(中卒のオレにそんな話をしても……)と拝聴するデイヴ・グロール、かわいいオッサンだね。

スタジオ・セッションでは、ブッチとエンジニア、あるいはブッチとデイヴとテイラー・ホーキンス(フー・ファイターズ)がプレイバックを聴きながらフィルのところで手振りをしていたりしているのもかわいかった(笑)。やっちゃうよね、すごくよく分かる。

そしてサー・ポールとのセッション。サンディ・リリーフ・コンサートの“Nirvana”はこれが布石だったんですね〜〜〜。

と、音楽中毒者は語りだすと全く止まらなくなる映画であることは間違いないですが、僕が言いたいことは“スタジオでしか起こらないマジック”というものがあること。特にライブと比して録音をつまらないと言う人も昨今多いような気がしますが、スタジオでクリエイトしている過程でさまざまな奇跡的なプレイやサウンドが生まれて、記録されることがあるし、それはスタジオでしか起こり得ないんだと思います。と同時に、ありとあらゆる種類の音楽がこのようなスタジオを必要とはしていません。それは確かです。ですが、ある種の音楽には絶対、このようなスタジオが必要なのです。すべてが10万円のラップトップと5万円のソフト、計5万円の周辺機器を使ってベッドルームでできると思ったら大間違いなのです。

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