2012年6月16日

対談 ムーンライダーズ活動休止に際して〜宗像明将氏と

昨年末に宗像明将さんとムーンライダーズの活動休止に関して対談した内容をアップします。

僕はこのテキストを、完成させたまま塩漬けしていました。というのも、これを公開することによって、読んだファンの方々の心境を考えると、ちょっと微妙な気持ちになってしまったのです。

しかし、佐久間正英さんがブログに「音楽家が音楽を諦める時」というテキストを書いたのを読んで、これは佐久間さんだけの問題ではないと感じました。ムーンライダーズに起こったことも、同質なことの反射のように思えてきた……正確に言えば、ここ半年、ずっとそう思ってきたことを強く確信しました。

あらためてこのテキストを読むと、宗像明将さんと僕は、ムーンライダーズについて語りつつ、音楽業界……少なくともインダストリーとしての音楽業界について語っていることを再認識しました。

今、著作権侵害ファイルの違法ダウンロードが刑事罰化へ向かっている中、公開に踏み切ることにしました。

2012年6月16日 松本伊織

 

日本現存最古のロック・バンド、ムーンライダーズが、2011年末、突然の無期限活動休止を発表した。メンバー自身からはその経緯がほとんど語られることがないまま、35年の歴史をいったん幕引きしてしまったことに、多くのファンが当惑・狼狽している。今回の終幕劇の裏側には何があったのか?

12月30日のタワーレコード新宿店『ルーフトップ・コンサート』を見終えた後、音楽評論家・宗像明将と、音楽誌編集者・松本伊織の両名が、“ライダーズに人生を狂わされた30代ファン代表”として語り尽くしてみた。多分に邪推や憶測を含む内容ではあるが、メンバーおよび関係者からのお叱りを覚悟で、思いの丈を語り、綴ってみたい。

(構成・松本伊織)

 

外部プロデューサーに頼るべきだったのか?

宗像 解散だ、解散だ、解散だ!

松本 なんですか!? いきなり(笑)。

宗像 まぁ、そう覚悟したほうがいいかと思ってねぇ……。

松本 宗像さんは既に『週刊SPA!』(12/6号)で今回の活動休止について取材を受けていますよね。

宗像 僕と、あがた森魚さんのインタビューが一緒に誌面に載った。僕は「もう解散だ、終わりだろう」というイメージだったんだけど、あがたさんは「まだこれからだよ」というスタンスでしたね。あがたさんはあの記事の中で3.11の影響があったんじゃないかと言っていたんだけど、ムーンライダーズ公式サイトの『Ciao!』について鈴木慶一さんインタビュー後編にはそれ(3.11の影響)もなくはないと言っていた。3.11の後に、『火の玉ボーイコンサート』が延期になって、『小さな灯の玉フリーギグ』をやったことが、ある意味象徴的かなと思った。たとえば、1995年の『ムーンライダーズの夜』で彼らは初めて社会時事的に言及したけれど、今はそういうことをやるエネルギーがないのかな、社会的な動きをライダーズが受け止め切れないのかな、と。あともう一つ思ったのは、ムーンライダーズは民主的にやるんだとそのインタビューで慶一さんが言っていて、そう考えるとムーンライダーズの民主主義が疲弊して崩壊したのかなと。

松本 僕は3.11の影響についてはよく分からないけれど、その“民主主義”については僕も全く同感なんですよ。もともとメンバーがそれぞれ独自のことをやっているバンドじゃないですか? 普通のバンドは、解散して、それぞれがソロ活動をしていく中で、抱えていた“音楽性の相違”が少しずつ明らかになっていくわけですよね? でもライダーズの場合は、活動休止したところで、その先それぞれが何をやっていくのかはある程度分かっているじゃないですか。“音楽性の相違”が、都合のいい言い訳じゃなくて、本当にその理由でバンドは解散すると僕は思っているわけですけど……。

宗像 “音楽性の相違”は既に露呈しているんだよね、むしろいい意味で。

松本 バラバラでしょ? その中で、民主的に進めることの困難さが一つの理由じゃないかなと思っていて。僕はずっと、外部のプロデューサーを立てたらいいんじゃないかなってここ数年ずっと思っていて。

宗像 外部プロデューサーを入れたのは、これまでには『AMATEUR ACADEMY』(1984年)しかないんだよね。

松本 あと1曲ずつリミックス的に外注した『月面讃歌』(1998年)ですね。“それ(外部プロデューサー起用)はもうやったから、やらないんだ”ということなのかもしれないんですけど。僕は慶一さんが曽我部恵一さんとやっている最近のソロ作品がすごく好きで、なぜ好きかと言えば鈴木慶一の持ち味を曽我部恵一がうまく引き出しているから。それと同じことをムーンライダーズに対して誰かがそういうことをして、あのバンドはもっと延命できるんじゃないかとずっと思っていた……これまで言わなかったけど。でもそれがないまま、このやり方でやるのは限界なんじゃないかな、というのが、僕から見た今回の活動休止の要因……の一つなんです。活動休止、ないし“解散”の理由は、やっぱりライダーズを制御できなくなったからじゃないかと思いますよ。

宗像 それってかつてYMOが散開したのと同じニュアンス?

松本 ちょっと違いますけどね。

宗像 アイコンとしてはYMOほどは大きくないじゃないですか?

松本 YMOは数年であれだけの大きさになったけど、ムーンライダーズは35年かけてゆっくり肥大していったんですよ。

宗像 その理論でいくと、ムーンライダーズというものが勝手に動いちゃったのかな?

松本 そこをコントロールするすべとして民主制があったんだけど、それがうまく機能しなくなった。

宗像 じゃあ共産主義になればよかったのかな? 誰かが支配して……

松本 全部白井良明さんがプロデュースしたムーンライダーズのアルバムを1枚作ってみてもよかったのかもしれない。

宗像 共産主義で言えば指導者がいて……でもそれはすぐダメになる。

松本 そう。

宗像 どんなイデオロギーも必ずダメになるしね。

松本 実際には慶一さんが舵取りしていたわけですよね。民主主義で例えるなら議長。それがうまくいかなくなったのかもしれない。議長をやるより自分のことをやりたいぜ、ということかもしれないし。だから個人的には、慶一さんが降りると言わなければ存続していたような気がしますね。

宗像 そうなのかな? 本人に聞いてみないと分からない。

松本 メンバー個々にそう思っていて、でも口火を切ったのは慶一さんじゃないかな、というのが僕の予想です。その根拠は、さっき言ったように慶一さんのソロがあれだけ充実しているからです。あくまで予想に過ぎませんけどね。

 

批評を失ったジャーナリズム

宗像 ところで松本さんは、『Ciao!』を最初に聴いたときに不満だったって言っていたじゃない? それはどの辺りが?

松本 いや、いいアルバムですよ。だけど……不満というと否定的に聞こえてしまうけれど、『Ciao!』は“ムーンライダーズの音”だったんですよ。僕は、それを超えるものを期待してしまっていた。各人が曲を持ち寄って、それを軸にバンドで作った音がある。それは分かるけれど、そこからもう一歩出たものを……期待しすぎだったのかもしれませんけどね。

宗像 ムーンライダーズは21世紀に入ってから、もちろんいいアルバムばかり出しているんだけど……自分が音楽ライターになったのはムーンライダーズの20周年記念本『20世紀のムーンライダーズ』(音楽之友社/1998年)からだけど、そのころからムーンライダーズの作品は「ムーンライダーズの音」になっていて、それについて批評がとやかくいう感じではなくなっていたのね。1980年代は、『MUSIC MAGAZINE』のクロスレビューでも評価がむちゃくちゃ分かれて、あげくの果てに『WORST OF THE MOONRIDERS』のジャケットになるという事態もあった。要するに70年代から90年代までは、ムーンライダーズはいろんな新しいことに取り組んでいたよね。21世紀はそこが止まって、もちろんいろいろな要素は入れているんだけど、これまでの“新しい音”の希求とはちょっと違ってきていた。『月面讃歌』のオリジナル・テイクだった『dis-covered』(1999年)辺りからそういう音じゃないなと。そのころから“バンドの音”ができてきて、それはもうレベルが高いから絶賛される。そうした高評価……批評家は褒めるけど、ムーンライダーズが新しいことに手をつけなくなったというのは感じる部分で。それが良かったのか悪かったのかは、今の段階では正直判断がつかない。ただ自分の中では80〜90年代の、“迷走”しているかのような部分も含めて好きだったんだよね。たとえば僕は『A.O.R.』(1992年)の音色について、博文さんに“あれで満足しているんですか?”って聞いたことがある。

松本 (笑)

宗像 博文さんはあれで何の不満もないと言っていて。でもそうやって“あれで満足していたんですか?”と疑問を抱くほど試行錯誤していたのも含めて、好きだったということですよ。今回の『Ciao!』も、「Who's gonna reborn first?」の7/8拍子とか、東京中低域がブイブイ吹きまくっているのとかかっこいいんだけど、ああいう手法はやっぱりどこか煮詰まるのかなと感じるところもあるんです。

 

テクノロジーが追いついてしまった

松本 意外なくらい僕と宗像さんで見方が近いかもしれませんね。もっと違うかと思ってました。付け加えるなら、進化が停滞した理由の一つが、テクノロジーが追いついてしまったことじゃないかと。昔はムーンライダーズは新しい血を入れるためにどんどん新しいテクノロジーを取り入れていました。でも、今はそれこそ初音ミク時代で、みんなが“テクノロジー”を使ってる。岡田徹さんが初音ミクを使ったところで、“◯◯◯P”と呼ばれるネットから出たクリエイターがそれより前に山のように曲を作って出している。そのスピード感とは違うところに行くために、肉体=バンドに走っていったのかなと。明確な理由かどうかは分かりませんが、時代的には交錯しているところですよね。もっとも、“テクノロジーが生み出した音楽”なんて、もう無いですよ。エレクトロニカが最後で。使ってるツールがリファインされていくだけ。

宗像 僕がファンになったころって、ファンに人気の曲は「いとこ同士」だったのね。シーケンサーを使ったあのサウンドというのが象徴的だったんだけど。CTO LAB.での岡田さんを見ると、すごく楽しそうなんだよね。イマイケンタロウくんpolymoogさんという若手と組んで、iPadで演奏したりして。だから若いプロデューサーを起用する手もあったと思うけどね。慶一さんのソロを曽我部恵一がプロデュースするなら、バンドをプロデュースしてもよかったのかも。

松本 なぜそれをしなかったのかは……

宗像 それが民主主義だったのかなぁ。

松本 今や日本でも民主主義は疲弊しているじゃないですか(笑)。

宗像 そうですよ(笑)。3.11に耐えるエネルギーがバンドに内在していなかったのかな? ただ、状況的に、これだけムーンライダーズについていろいろ言うのは、やっぱり35年もやっちゃったからですよ。だから我々が過剰な期待を寄せていた部分もある。そりゃ日本現存最古のロック・バンドですから、ものすごい期待が彼らに寄せられてしまう。なんだかんだ言って、活動休止がYahoo!ニュースのトップに載る。だから35年の歳月が、結果的に彼らに負担をかけてしまったと。

 

ジャイアント馬場化に抗う

松本 こういう言い方は失礼かもしれないんですが、いわゆるゼロ年代前半……今はちょっと違うんですけど、少し前まで僕は、プロレス的に言えば晩年のジャイアント馬場を見るような目になってしまっていたんです。とにかく動いて試合をしてくれれば、それですごい、ありがたいという意識で見ていた部分もある。

宗像 でも、ムーンライダーズってそういうのではないんだよね。

松本 そうなんです。ルーフトップ・コンサートを見てそう思ったけど、やっぱりライブがいいんですよ、このバンド。

宗像 そう。ムーンライダーズは昔から、個々のメンバーの力量がある分、ライブ・リハをどれだけやったかがライブの出来に比例するんですよ。Twitterの公式アカウントでも、ものすごいリハをやっていたのは分かったし。(サポート・ドラマーの)夏秋文尚さんがいなくてもかしぶちさんがすごくたたけていたし。

松本 音楽の時代性ということで考えると、特に1990年代以降はリズムの時代になったわけじゃないですか? ライダーズのリズム隊を考えてみると、昔はベースとドラムがバラバラだとか揶揄されたこともあったけれど、そういうことじゃなくて、“かしぶち=博文グルーブ”というのがなんとなくあるんですよ。うまいとか下手とかじゃなくて。でも新しい音楽にシフトするには、そこから離れざるを得ないという世の中の状況があったと思うんです。『A.O.R.』はそれにトライして、うまくいかなかった部分もあった作品だと思うんですけど、だからこそツイン・ドラムにしたりしていたんじゃないかなと。もちろんかしぶちさんの体調不良という事情もあったでしょうけれども。夏秋さんがしばらくサポートに入っていたのは良しあしで、ライダーズらしいリズムじゃなくなる部分が出てくる。だけど下半身の安定した押し出しの強いサウンドを作るという意味ではよかった。

宗像 プロデューサーよりも、メンバーを加える方が敷居が低いというかね。一兵卒は増やすけれど、参謀は増やさない。そこを変えたらライダーズじゃないし。

松本 昔のライダーズの作品……特にドントラ(『Don't Trust Over Thirty』1986年)までは、個々のメンバーとのやり取りはあったけれど、確実に舵取りは慶一さんがしていた。今も形は近いと思うんですけど、昔はもっと慶一さんの縛りが強かったと思うんですよ。

宗像 『ANIMAL INDEX』(1995年)なんて慶一さんが個々のメンバーのレコーディングに立ち会っていたせいで神経症になったし。

松本 ドントラでも、メンバーに禁止令を出して……例えば博文さんには“フォークソング禁止令”とか。そういうコンセプト・メイカーとしての機能が21世紀になってどう変質していったのか……そこは検証しきれていないんですが。

宗像 『Ciao!』では慶一さんがジョージ・マーティン的立場に立っていたそうだけど。でもビートルズに例えるのも……。もう、年上の人たちの話はどうでもいいんですよ。

松本 僕たち世代に響くライダーズであってほしい。

宗像アビイ・ロード的だ”と例えたくなるのも分かるんだけど、そういうのじゃなくて。ビルの屋上でライブするというのも、まんまビートルズだし。ルーツがそこだから、ビートルズ的なところに表現が行ってしまうと思うんだけど。でもビートルズは35年もやっていないもん。

 

ムーンライダーズという人格

松本 あと、“ムーンライダーズ別人格説”というのもよく言われますね。メンバー6人とバンドとは、既に別の人格じゃないですか。それを6人で支えきれなくなったとも思うんですよ。

宗像 それを支えきれなくしたのはファンですよ。それは35年支えて、同時にのしかかったファンが。我々ファンの問題もあると思う。

松本 ファンが甘やかしてしまった?

宗像 でもファンは35年もよくついていったし、責任は無いと思う。むしろ批評が甘やかしてしまったのかもしれない、自分も含めて。今まで批評軸が、“ムーンライダーズがどれだけ新しいことをやってきたか”“それを自分たちのものにしてきたか”“完成度はどうか”というところにあったものが、“ムーンライダーズ的な音”が出来上がってきたときに、批評の側もすんなり変わってしまって、“ムーンライダーズ的”な……ロックをベースにいろいろな要素を取り入れていることを評価するようになった。“『Tokyo 7』バンザイ!”という大政翼賛会的な状態になってしまったのかもしれない。僕を含めて、みんな悪いんですよ。

松本 僕は、21世紀の作品……『Dire Morons Tribune』以降は、嫌いじゃないけど、積極的に評価しようという気になれないんですよ。

宗像 でも、それを音楽ジャーナリズムが評価してきてしまったわけじゃん?

松本 “絶賛した”というのは宗像さんが寄稿している媒体だけじゃないですか?(笑)。

宗像 でも、80〜90年代に、音楽的に無茶なことをやっていたムーンライダーズに対して賛否両論の批評があったのが、21世紀になってどっしり構えるようになるとバンザイするようになったのは、やっぱり間違いだったのかな……。

松本 宗像さんの説に従うとすれば、21世紀に入ってから、ムーンライダーズが延命できるように批評がリンゲルを点滴し続けたと。だとしたらこの10年は、ほぼ功労賞扱いだったんじゃないですか?

宗像 うわあ、そうだったのか!?

松本 僕が“ジャイアント馬場”と言ったのはそういうことです。でもそれはよくないと思ってる。今でも、個々のメンバーがやってることはエッジで面白いと思うんです。その“エッジのあり方”はそれぞれ違うけど。例えば良明さんはギター・プレイヤーとしてギンギンに行くぜ!ってことかもしれないし、慶一さんは非常にパーソナルなサウンドを指向しているし。でもライダーズとなるとちょっと違うように感じる部分もあるんですよ。

宗像 6人だけで民主的にやらなければいけないという。それを誰かが“違うんじゃない?”と言うべきだったと。提示されるものに納得してしまったのがだめだった。

松本 でも難しいですね。あれだけ長くバンドが続いていると、重鎮と言われる音楽ライターの方から、僕のような音楽誌の末端編集者まで、いろんな人が直接顔を合わせてしまっているから言いづらい部分もあった。それこそジャーナリズムのダメな部分だと思うんですが、言うべきことはちゃんと言うべきだったと宗像さんは考えている。

宗像 僕も含め、ムーンライダーズに偏屈になる人がもうちょっといても良かったのかもね。いたのかな?

松本 たぶん、離れてしまったんですよ。

宗像 ジャーナリズムもバンドと一緒に老いてしまうんですよ。

松本 それ、すごくよく分かります。アーティストも、メディアも……

宗像 読者層も上がっていく感じ?

松本 そうなりがちですよね。放っておくと。

宗像 そこでローテーションしてしまうんだよね。

松本 だから新しい血を入れていくのが必要なんです。

宗像 ジャーナリズムもファンも歳を取る。僕はファンに対して、悪いとは言わない。ファンはファンだし、よくムーンライダーズについてきたなと。

松本 僕はファンがスポイルした部分もあるとは思いますよ。自分がそうであったように、晩年のジャイアント馬場を見る目になった。

宗像 でも本人たちは馬場になる気はない。

松本 そう、そこなんですよね。ひょっとするとそこが一番大きな理由なんじゃないかと。

宗像 ファンは共に行くものだと思っているし、ジャーナリズムは一緒に老いていくし。ムーンライダーズをめぐるジャーナリズムが狭かったのかな?

松本 思ってるほど広くないと思う(笑)。

宗像東京生まれ、東京育ち、ライダーズ好きは大体友達”みたいな。

松本 そうそう。ムーンライダーズ・クランの中で生きてきたという。

宗像 それに気付かされたのが今回だと。

松本 ええ!? そうなのかな?

宗像 薄々は気がついていたんだけど、そこにバンドが行き詰まったと。

松本 本当かな?(笑)。よく分からない……僕は音楽評論家という肩書きの人とあまり接点がないから、宗像さんがそう言うのにも“ああ、そうですか”としか受け止められないんですけどね。

 

生を指向してしまったゆえの困難

松本 さっき“21世紀のムーンライダーズはテクノロジーから離れ、エッジから離れ、バンドの音を志向していった”と言ったじゃないですか? だとしたらね……あのバンド、それ以前に解体しているわけですよ。ムーンライダーズがあるときにしか集まらない。冠婚葬祭しか集まらない年取った兄弟みたいなもの。でも、生演奏を志向するなら、いくら長くやっていても、バンドとしてのサウンドを練るためにスタジオに入る時間が絶対的に必要だと僕は思うんです。でも、21世紀の音楽制作スタイルってそうじゃなくなったんです。それは今、大きな商業スタジオがどんどんクローズしていることが象徴的ですね。

宗像 でも、ムーンライダーズって昔から各人がデモを用意してそれを聴き合うっていう方法を採っていたじゃない?

松本 そう。それは今の主流ですよね。でも生を志向するなら、一緒にスタジオに入るのが原則だと思う。

宗像 じゃあ、もっと一緒にスタジオに入るべきだったと。

松本 でも、現代はバジェット(予算)がそれを許さない。それはライダーズのせいじゃなくて、世のスタジオ事情、音楽制作環境が変わったことが大きいと思います。今、どのミュージシャンでもやっているような“自宅で仕込んできましょう"というスタイルを、ムーンライダーズは昔からやってきていたわけです。でも、彼らが近年作ろうとしていた音だったら、もっと時間をかけて、いろいろな実験をしてやるべきだったんじゃないかと。Twitterを見ていても、短期間で集まって、徹夜作業してというのを60代になってまでしていたじゃないですか? でも本当はもっと……体力はともかく、それこそ神経症になるギリギリのところまでやることで、エッジで面白いものが出てくると思うんです。

宗像 そこは体力的、年齢的な限界もあるのかな。

松本 もちろんそうです。でもはっきり言えばコストの問題だと思う。

宗像 その制約の中で『Ciao!』ができたのはすごいと思うよ。

松本 それは同感ですね。

 

休止理由は藤子不二雄と同じか?

宗像 公式サイトのインタビューで、『Tokyo 7』のときに既に赤信号が灯っていた、とあって。あの時点で、「6つの来し方、行く末」で活動を終えるのも、一つの手だったと思う。今となっては。あれはいい曲だし。『Tokyo 7』を聴いたファンも、ジャーナリズムもさらに期待をかけることになってしまった。だから慶一さんが無期限活動休止について“解釈は任せる”って言っていたけど、いくらでも解釈できるわけですよ。

松本 健康、不仲、音楽性の違い……なんでもありますよね。

宗像 僕は“藤子不二雄説”を唱えていて。

松本 それは分かる!

宗像 人生の残りも見えてきたから、自分の好きなことをやろうと。“メンバー誰かが死ぬまで解散しない”って言っていたのはいつごろ?

松本 『ムーンライダーズの夜』(1995年)のときですね。

宗像 ああ〜。でもファンハウス時代は“武道館でやります”とか記者会見していたくらい、めちゃくちゃだった。

松本 でもやっぱりハイジャックがあったときはシリアスだったでしょ?

宗像 死ぬまで解散しない……だから活動休止にして、誰かが死ぬまで……まさに「Who's gonna die first?」ですよ。

松本 リアルにそうですね。

宗像 そういうニュアンスでこの2011年末はやっていたと思うんですよね。

松本 でも、僕もその“藤子不二雄説”だと思いますね。宗像さんも僕も、“音楽性の違い”という理由を額面通り受け止められると思うし。裏にはいろいろあるのかもしれないけれど。音楽性の相違という面では、特に慶一さんと良明さんが、ツートップとして牽制しあっている部分があったような気がするんですよね。この二人が仲悪いということではなくて……尖り方ですよ。で、尖っている方向が違うというものがあったと思う。

宗像 その二人というのは、サウンドからそれを感じるの?

松本 それぞれのやっていることからの、印象ですけどね。ソロ活動が特に活発なのもこのお二人だし……規模的なことも含めてね。

宗像 いくらでも、要因は出てきますね。

松本 まとまらない(笑)。

宗像 だとしたら活動休止は必然ということですよ。

松本 逆に、そんな状態で今までよくやってくれていたなと。ひょっとすると『月面讃歌』の時点で終わっていたかもしれない。だって“俺たち演奏しなくていいや”というアルバムですもん。さっき宗像さんも言っていたけど、逆に“バンドの音”が出てきたのもこのころからですよね。

宗像 僕は『dis-covered』の方が好きだもん。

松本 僕は両方も好きですけど、実はあのころはライブが一番いい。ちょうどそのころライブで見て、ファンになったというのももちろんバイアスとしてあるんですが。

 

ムーンライダーズらしい曖昧な活動休止理由

宗像 ルーフトップでやった「9月の海はクラゲの海」はサエキ(けんぞう)さんの作詞だけど、「僕のこと何も伝えずに 僕のこと全部伝えたい」という虫のいい歌詞があるじゃないですか? 本当に今のムーンライダーズの状況にぴったりだなと。

松本 泣きました。

宗像 解釈をファンに任せるって、無茶苦茶じゃないですか? いくらでも出てくるし。解散の理由を言わなくて、すごくぼんやりしているのが非常にムーンライダーズらしい。核心を言わない。微妙なバランスの上で成り立っていて。派手にもめるわけでもなく、ぼんやりしたまま解散する。

松本 そう考えると確かにそうですね。

宗像 それが東京者なのかな、と。東京者の性格が本当にそうなのかどうかは分からないけれど。

松本 でもそれが“鈴木慶一の性格”とイコールではないと思うんですよ。慶一さんがコアにあるかもしれないけれど、あの漠然とした感じがムーンライダーズ。慶一さんは自分のことはもっと饒舌に語るし。

宗像 僕も2年前慶一さんにインタビューしたときに“サッカーをすることで自分の慢心が消える”と饒舌に語っていて。個人的にはその話を思い出すと、2年後に解散するとは思えないんだよね。何があったんだろう、この2年に、って。『Ciao!』のレコーディングが始まるときには活動休止が決まっていたというし。

松本 ところで僕は公式発表で今回の活動休止を知ったんですが、宗像さんは?

宗像 僕は前日だったんです。もちろん驚いたんだけど、意外と驚きは大きくなくて。

松本 でも夏ごろに“そう言われると……”ということがあったんです。『カメラ=万年筆』のデラックス盤が出た後、マネージャーさんと行きあったときに“今年はどうなんですか?”って聞いたら、その答え方に……今から思えば含みがあったような気がするんですよ。振り返ると、その段階で決まっていたんだろうなと。

宗像 みんなどのくらい驚いたのか聞いてみたいですね。僕は10点満点で4〜6点くらいなんですよ。

松本 “70歳くらいの親戚が亡くなったと聞いたとき”くらいかな。“まあしょうがないな”と割り切る部分もある。

宗像 逆に、35年続いたから、今更終わるの?って驚きだよね。140歳まで生きた人が、今更死ぬの?みたいな。驚きはそこなんですよ。なんでそこまで長くやったの?と。自分たちでレーベルを作ったことで、辞めるに辞められなくなったという邪推もできるし。

松本 メンバー一人一人は、いろんなやり方で音楽家としてサバイバルできるとしても、“もう一人”のムーンライダーズを存続させていくために……それにはムーンライダーズをやるしかないんですよ。

宗像 それは商業的な理由?

松本 それもあると思いますよ。さっき“藤子不二雄説”というのがあったけど、お金というよりは時間の部分で拘束もあっただろうし。そういうことを考えると、もっと自由にやろうよということじゃないかと。でもそれは誰かが言い出さないと、そうはならない。さっき言ったとおり、慶一さんが自分の活動が充実してきたからこそ、その口火を切ったんじゃないかというのが僕の予想です。ムーンライダーズ家の長男がそれを言い出した形。

宗像 意外と博文さんかもしれないよ。『最後の晩餐』のときに慶一さんに“歌、下手だよ”って誰も言えない中で言ったのも博文さんだし。

松本 まあ、それが分からない、もやっとしたところがライダーズらしいと。

 

バンドと共に周りも老いる

松本 あえて批判的立場に立てるとしたら……僕がもし、ムーンライダーズの作品の次のプロデューサーに起用されるとしたら、サウンドはともかく、セクシーなアルバムにしたいと思っていたんです。

宗像 60代の人たちにそれを求めるのも大変だけどね。

松本 でも今は70代のドリフターズが30代の人と結婚するような時代ですよ(笑)。あえてそれに縛って、『AMATEUR ACADEMY』や『カメラ=万年筆』(1980年)のようなゾクゾクする作品に挑戦する。そうすればサウンドもそのコンセプトについてくるんじゃないかと、漠然と思っていたんです。

宗像 でもそれは、外部プロデューサーが入るという前提だからね。プロデューサーしたいという若手はたぶんいっぱいいるじゃないですか。

松本 『カメラ=万年筆』デラックス・エディションのリミックス、面白かったじゃないですか?

宗像 若手ほど面白かった。本人たちと付き合いの長い人は遠慮していた感じもあったし。今日のルーフトップに、アーバンギャルドの松永天馬さんやスカートの澤部渡さんが来ていたという事実も重要で。20代の若いアーティストが最後を見に来る……次世代にも継承してほしいなと。

松本 継承!? 何を?

宗像 ああいう生き様。やれるところまでやるという。ひょっとしたら、やらざるを得ない状況にあったのかもしれないけれど、それでもアルバムでいいもの出してきて、評価を出してきた……セールスがどうだったかは知らないけれど。それはすごいことですよ。最後『Ciao!』でぼんやりしたまま終わる……“解釈は任せる”って、そんなのないだろって。やっぱり外部のプロデューサーを入れると、もうムーンライダーズじゃないんだろうね。それは僕たちが求める最後のところなんだろうね。

松本 そうなのかな?

宗像 そうなんじゃない? 慶一さんがハンドリングしていく、ムーンライダーズとして。最終的にはジョージ・マーティン的役割を果たす。

松本 う〜ん、僕はその“21世紀に指向したバンドとしての色”じゃないところをもう一度見たかったんですよ。それはもう分かってるし、ライブで見られるじゃんって。でもそれは難しいところだとも分かっていたし。仮に慶一さんが気に入ったプロデューサーを誰か連れてきたところで、ほかのメンバーが納得しなかったと思うんですよ。ソロだったら、“これは曽我部くんに頼む”でいいだろうけど、ライダーズだったら絶対異論が出てくる。

宗像 そう考えると『月面讃歌』はよくできたよね。

松本 あれは予算があったことと、メンバーそれぞれが候補を上げたり、全く知らない人に出したから。そういう意味では民主制だったんですよ。

宗像 『カメラ=万年筆』リミックスの人脈を考えても、まだまだやろうと思えばいろんなことができたんだけど……。

松本 それをやらなかった。

宗像 そこは潔いでしょうね。優雅に泳ぐ白鳥は下で足をバタバタさせているという例えみたいに、本当は音楽性なのか人間関係なのか、金銭面なのかもしれないし、バンドの行き詰まりや年齢的、体力的なものかもしれない。でもそういうものは一切見せないで、解釈は個々のファンに任せる。幕引きとしては美しいのかなと。

松本 海外のバンドとか、そういう要素が山のように表に出てきますから。

宗像 そういう意味では、有終の美を見せつつ、醜いところは見せない。ある意味ストイックに終わりましたね。

松本 ツンデレとも言えますけどね(笑)。

 

宅録時代の到来と宅録の元祖

宗像 繰り返してきたように、ジャーナリズムの問題ははっきり言っておきたい。もっと新しい挑戦を続けるように、鞭を打ち続けるべきだったんじゃないかと。

松本 同時にテクノロジーの問題もある。宅録の元祖みたいな存在のライダーズが、宅録が当然となった時代に、そのやり方でいいのか?という課題を保留したまま来てしまったような気がする。でも終わるべくして終わったと思う反面、プロレスの引退と同様にバンドの解散は復活がありうると僕は思っているので。

宗像 でも“活動休止”から復活したバンドがあるかというと、そんな思いつかない。YMOみたいな例もありますからね。1回復活してうまくいかなくて、2回目は割とうまくいっている。

松本 今のYMOは若手をうまく使っているというのもあると思いますけどね。

宗像 ムーンライダーズは東京のバンドじゃないですか。東京者は、お互いの本質を突かない。そんな不思議な関係を35年続けてきた。今の東京はどうか? 震災の後の微妙な感じで、放射線の線量も上がっている。でも住めなくはない。そんな曖昧な状況で……

松本 “曖昧な東京の……”

宗像 “……私”として終わると。そう考えると、3.11が無関係じゃないと言っているのも分かる。そういう事象に対して、『Ciao!』でもそんなにはっきり描くところまでいかない。それも東京者的であって。ただ、我々が見てきたのは本当の東京であるのか、ムーンライダーズは本当に東京者だったのか、そして私たちが見ている東京は本当の東京なのか……?

松本 まあでも、僕個人としては、またいつかライダーズをやってほしいなという気持ちを胸に、メンバーそれぞれの次の作品が素晴らしいものになってくれることを期待しています。

宗像 “弾き語り四人衆”ってあるじゃないですか? 良明さん、武川さん、博文さんと人間椅子の和嶋慎治さん……つまりムーンライダーズが半分いる。たぶんバンド内のメンバーとは普通にユニットをやっていて、バンド自体は動かないという、不思議な感じになるんだろうな。そういう曖昧な感じでやってくれればいいんじゃないかな、とは思います。

松本 例えば今後、慶一さんが何かのサントラを手掛けるときに、ライダーズのメンバー全員のクレジットが載っているということはあり得る話ですね。

宗像 ジャーナリズムの立場で言えば、復活したら、今度は心を入れ替えます。すべての同時代の音楽と比べて。

松本 そうですね。

宗像 それはムーンライダーズという先入観を捨てる。駆け出しの20代のバンドと同列に並べてから批評する。それはすべての音楽評論家にも言っておきたい。

 

「Last Serenade」の同時代性

松本 そういえばさっき『Ciao!』の評価の話題になったでしょ? なぜ僕の期待を超えなかったかと言ったら、先に無料配信されていた「Last Serenade」で過剰な期待を持ったんですよ。あの曲の音像感は、誤解を招く言い方かもしれないけれど、ジェイムズ・ブレイク辺りの音像感をライダーズなりに消化したものだと思ったんです。

宗像 ああ、「Last Serenade」が最後なら納得したかも。でも『Ciao!』自体には、アナログ盤の組曲にしか入っていない。それで曖昧な感じで終わっている。

松本 あの曲の路線で行っていたら、僕は手放しで絶賛していたと思うんですよね。

宗像 僕はあの曲で首をひねってたんだよね。これがリード・トラックなのか、と。

松本 まあ“リード・トラック”と言われると確かに微妙なところはありますけどね。

宗像 でも、それで首をひねるというのが結構重要なのかもしれない。CDの『Ciao!』だと腑に落ちてしまう。きれいにまとまっていて。

松本 たぶん、そういう疑問を投げかけて、同時代性に耐えうる音を作れるのは、慶一さんと良明さんだと思うんですよ。

宗像 「Last Serenade」ってどうやって作ったんだろうね、よく分からない。そういう首をひねる、でも同時代的な解釈ができる何かを復活したら作ってほしい。こっちもそこに照準を合わせていきたい。自己批判と、他の批評家を含めての批判として。

松本 全共闘みたいですね(笑)。僕は音楽評論家じゃないからな。僕はドントラが好きだからついドントラに例えてしまうけれど、言ってみれば「CLINICA」とか「超C調」みたいな曲だと思うんですよ。

宗像 ああ〜。

松本 音楽なんだけど、音像というか、サウンドというか。原雅明さん『音楽から解き放たれるために』的な表現だけど。

宗像 若い人たちがレジェンダリーな存在として、憧れをもってムーンライダーズを見る。そういう状況になったらおしまいなんですよ、現役なんだから。若い人たちに継承させなかったのも、ジャーナリズムの責任だと僕は思いますよ。

松本 慶一さんが中野サンプラザで“進化したら、また会いましょう”って言っていたけれど……

宗像 進化が止まっているということを、声を大にして言うべきだった。ムーンライダーズは新しもの好きでいてください、もっと無茶なことをやってください、と。

松本 僕はもっと内在的な問題、あるいは音楽制作活動全体にまつわる時代の問題じゃないかなと。もちろんどれもあるんでしょうけどね。意外なくらい我々の見方は重なっていたけれど、視点の差異はそこにあったわけですね。

(2011年12月30日・『ルーフトップ・コンサート』後の新宿にて)

 

宗像明将 1972年生まれ。音楽評論家。音楽ライターとしてのデビューはムーンライダーズ20周年記念本「20世紀のムーンライダーズ」。これまでムーンライダーズの6人中4人に個別のインタビューを行っている。30周年記念本「ムーンライダーズの30年」にもインタビューや執筆で参加。http://www.outdex.net/diary/

 

松本伊織 1975年生まれの音楽誌編集者。ムーンライダーズ・ファン歴は1998年の『公開記者会見プラス』から。一番好きなライダーズのアルバムは『Don't Trust Over Thirty』。『サウンド&レコーディング・マガジン』在籍時に鈴木慶一へのインタビューを多数担当。『ほぼ日刊イトイ新聞』での「ムーンライダーズと10時間」など、ライダーズ関連のネット番組にも出演。

 

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.impactdisc.net/mt/mt-tb.cgi/344

コメント[2]

待たされた分、落ち着いて楽しく読ませていただきました。

佐久間さんの話とリンクさせると、ライダーズにトンガってもらうにはお金が要るって事なのかもね。

さすがわだっち、頭がいいね。
ではそのお金をどうやって捻出するかといったら、それは我々ファンがそれに対してどれだけお金を払えるか、ということになります。
しかし、お金だけあればとんがったことができるわけでもないので、そこが難しいところです。

コメントする